第73回 ヴェネツィア映画祭・16〜フィリピンのラヴ・ディアス監督に金獅子賞 |
昨日9月10日、閉幕に伴い、各賞の発表が行われ、批評家たちの間でも評判の高かったフィリピンのラヴ・ディアス監督の”The Woman Who Left”が金獅子賞を獲得した。
個人的には、4時間弱という大作、白黒で暗い画面の上になぜか他の作品より読みづらい字幕(文字が小さい上に黄色で斜体)なのに難儀し、途中で意識を失うこともしばしば。極めてスローな展開に逆について行けず、理解できたとは言いがたい。いいも悪いも・・・という感じだったのだが、結局のところそれが彼の作品であり、そこが評価されたらしい。
映画は、映画館で見てもらうことを考えたら、2時間以内、できれば1時間半くらいに収めて作るのが「常識」だけれども、監督曰く「観客のことは全く考えてない」。つまり自分の表現したいものを撮って、つないでいったら227分になっちゃいましたけど、それが何か?・・・という作品。でも確かに、小説ならば、作家が思うよう、どれだけのページ数になろうが自由なのに、映画や歌は、ほかの作品と並べることを前提に始めから枠が決まっているというのはおかしな話かもしれない。
審査員長のサム・メンデスが「ヴェネツィアのような映画祭で賞を取ることで、少しでも、より多くの人に見てもらえる機会があるよう願う」とコメントしたように、こんな映画もあっていい。そういう意味合いを含んだ受賞だったように思う。
惜しくも金獅子はなグランプリには、トム・フォードの”Nocturnal Animals”。
こちらは逆に、90分にきっちりと詰め込まれたストーリー、劇中劇のミステリーは見る側を引きつけ、飽きさせず、かつ難解すぎず、完璧。微に入り細に入り、スクリーンの隅々まで、残虐な中にも美しさを忘れないところは、極めてアーティスティックでありながら、観客を放っておかない。ふつうに映画館で見て楽しめる映画というところは、ラヴ・ディアスと究極をなしている。
完全に同点だったという最優秀監督2名のうち1人は、ホロコーストを「羅生門」的視点で見つめたロシアのコンチャロフスキー監督。
そしてここまで3点は、比較的、批評家、ジャーナリストたちの間で評価の高かった作品。ところが、大きなサプライズ(ブーイング)だったのが、その最優秀監督を分けたアマト・エスカランテ監督の”LA REGIÓN SALVAJE (THE UNTAMED)”。
巨大なタコのような生き物と交わる男女を描いた作品は「誰もに好かれる作品ではないと思う。実際、審査員の間でも、正否両方の評価があった。だが、否も含めてもっとも印象に残った作品の1つだった」と、審査委員長。なるほどつまり、今回の審査は「これもアリ」、つまり作品の多様性を示すことが目標の1つだったということだろう。
今年のオープニング上映作品で、それにしてはめずらしく高評価を得たデミアン・チャゼル監督の”La La Land”は主演の、エマ・ストーンが最優秀女優賞。ポールポジションとされたナタリー・ポートマンは、前回の「ブラック・スワン」に引き続き受賞なし。彼女がJFケネディの妻を演じたパブロ・ラライン監督の”Jackie”は、ノア・オッペンハイムが最優秀脚本賞を受賞した。
女優賞候補対抗馬とされたエイミー・アダムスは2作出演していたが、そのうちの”Nocturnal Animals”がグランプリなので、これはいたしかたないだろう。上位の賞と、俳優賞は重複しないよう選ぶのが原則なので。
最優秀男優賞は、これは今回のヴェネツィア映画祭コンペの中でおそらく誰も疑う人のなく完全満場一致で、オスカル・マルティネスに。マリアーノ・コーン、ガストン・ドュプラト両監督による”El Ciudadano Ilustre”(名誉市民)でノーヴェル賞作家を演じた彼がよかったのは事実だが、今回、男性でこれという役がほかになかった。
最優秀新人賞は、イタリア映画で妊娠したティーンエイジャーのカップルを演じた2人がダブル受賞かと予想していたが、ややサプライズで、フランソワ・オゾン監督”Franz”のパウラ・ビア。ひょっとしたら女優賞かも?というところだったので、それはティーンズが取れなくても諦めがつくかも。これでイタリアは今回、3本出品していながら残念ながら無冠。
最後に、審査員特別賞に、これもかなりのサプライズで、アナ・リリ・アミルプール監督の”The Bad Batch”。
メインの賞以外に軒並み、全般に人気の高かった作品が入ったのは、決して偶然ではないはず。芸術性の高い作品もあれば、大衆受けする作品もある、それが映画ということだろう。
あらためて受賞作をざっと眺めてみると、コンペ全20本のうち、3本あった白黒作品が全て受賞しているのは、今年の傾向というか、審査員の好みがはっきり出た結果だと思う。(The Woman Who Left, Paradaise, Franz)高解像度の撮影や特殊効果など、ハイテクを駆使したものは全て退けられ、逆に時代や場所、立場を超えて、人をじっくりと追い、人と人との関係に焦点をあてた作品に賞が与えられた。
そう思うと、映画にできること、映画でできることはまだまだたくさんある。
そしてやっぱり、映画は楽しい。
金獅子賞(最優秀作品賞)
ANG BABAENG HUMAYO (THE WOMAN WHO LEFT)
Lav Diaz監督(フィリピン)
銀獅子賞(審査員グランプリ)
NOCTURNAL ANIMALS
Tom Ford監督 (USA)
銀獅子賞(最優秀監督賞、同点2名)
Andrei Konchalovsky監督
PARADISE (ロシア、独)
Amat Escalante監督
LA REGIÓN SALVAJE (THE UNTAMED)
(メキシコ、デンマーク、仏、独、ノルウェイ、スイス)
ヴォルピ杯(最優秀女優賞)
Emma Stone
LA LA LAND、Damien Chazelle監督 (USA)
ヴォルピ杯(最優秀男優賞)
Oscar Martínez
EL CIUDADANO ILUSTRE、Mariano Cohn、Gastón Duprat両監督(アルゼンチン、スペイン)
最優秀脚本賞
Noah Oppenheim
JACKIE、Pablo Larraín監督 (英)
審査員特別賞
THE BAD BATCH、Ana Lily Amirpour監督 (USA)
マルチェッロ・マエストロヤンニ賞(最優秀新人賞)
Paula Beer
FRANTZ、François Ozon監督 (仏、独)
11 set 2016