日本映画の新しいカタチ、川喜多映画記念館にて |
紹介がすっかり遅くなってしまったが、先月3月も終わりに近い頃に、鎌倉の川喜多映画記念館で、「日本映画の新しいカタチ」と題し、現代の若手監督の作品を紹介するイベントが行われた。
上映されたのは4監督5作品(うち2作は、久保田桂子監督による「記憶の中のシベリア」連作)。3日間でそれぞれ2つずつの上映、うち1回は上映後に監督のトークつき。
どれもこれも見てみたかったが、あいにく時間の都合がつかず、見ることができたのは、
大川景子監督の「異郷の中の故郷」(53分、2014年)と
藤川史人監督の「いさなとり」(91分、2015年)。
前者は、日本文学作家として活躍するリービ英雄氏が、幼少期を過ごした台湾・台中の家を52年ぶりに訪れる姿を追うドキュメンタリー。
後者は、広島県三次市で暮らす、ふつうの人々のなんということもない日常を描いた作品で、映画としてはフィクションなのだが、監督自身がその土地に住み着いてその中から拾いだした小さな現実を素材に、磨き、新たに組み立てたような、そんな手法のために、限りなくドキュメンタリーのように見える。
若い監督の新しい映画なのにどこかノスタルジックな「いさなとり」もよかったが、ダイレクトにガツンときたのは「異郷の中の故郷」。
リービ英雄氏の作品は、実はこれまで読んだことがなく、彼がアメリカ人の両親を持ち、アメリカで生まれた「純」アメリカ人ながら、現在は日本で暮らし、日本文学作家として生きていることも正直のところ知らなかった。まして、その彼が少年時代に両親とともに台湾で暮らしていたことも。
日本研究家で外交官であった父の仕事のため、1950年代に台湾に暮らしたリービ一家の家は、台中市内の「模範郷」と呼ばれる地域にあった。それは戦前から戦中にかの島を占領していた日本人が作った集落で、日本風の家屋が並んでいたのだという。
両親の離婚で、英雄少年は10歳のときに母親と弟とともにその家を去り、以来50年以上もの間、決して訪ねることはなかった。
「子どものころの家」を題材に小説を書いていた英雄氏は、日本の劇的な経済成長とそれにともなう変化を十分に知っているだけに、同じように変化を遂げている台湾のその地を再び訪ねることは避けてきていたのだった。
52年ぶりに、訪れる気になったのは、現地台中の大学で教鞭を取る笹沼俊暁氏によるシンポジウムへの招聘のためだった。笹沼氏は数年前に「リービ英雄」という評論書を執筆していた。
50年以上も前の家などあるはずがない、もちろん街並みすらも。わかっていながら、新幹線のスピードに戸惑い、なんの変哲もない街並みに落胆を隠せない英雄氏。だが、ある時点でピン!と、勘が働き始める。
一見するとよくあるルーツ探しなのだが、この記録映像を極めて特殊な存在にしているのはその「言葉」。日本人監督の回すカメラが追っており、日本人のスタッフや学生たちに囲まれている、それを意識しているとはいえ、ためいきから漏れる一言一言がすべて日本語。でも、考えてみれば彼にとって日本語は母語でもなければ、今訪れているこの台湾で聞いていた言語でもない。住んでいたのは日本家屋でも、そこにはもう日本人はいなかったのだから。だから彼の口から漏れてくる日本語は、日本文学作家としての日本語。1つ1つの理解と感情と、それを自らレポートするように日本語で次々と言葉を重ねる。
・・・そしてふと、その言葉が途切れ、カメラの視界から彼が消える。
次の瞬間にカメラが捉えるのは、路地の奥で立ち尽くす大きな背中と、その背中にやさしく手を回す、同行者で台湾籍の作家の温又柔(オンユウジュウ)氏の姿。
そのカメラワークに、思わずはっとさせられる。映像にしかできない、表現。長いキャリアを持つ人生の大先輩である作家を、若い映画監督ががちっととらえた瞬間。少年のように大泣きする、シワの刻まれた顔を大写しにするのではなく、あえてそこは遠くからそっと背中を見守るのにとどめた、そのとっさの判断がこの映画をとても美しいものにしている。
このときのエピソードを小説にまとめた、リービ英雄氏の「模範郷」をそのあと、読んだ。
日本語という外国語で書くことを選んだ作家の、日本語と英語と、中国のいくつかの言葉との間でさまよう様子が、とても興味深い。そしてその中で、彼にとってやはり日本語が必然なのだろうということも。
藤川監督のトークは久保田監督との対談形式だったのが、話を聞くとやはり作品が見たくなってしまう。久保田監督の「記憶の中のシベリア」も、もう1つ、震災後に陸前高田市を撮り続ける小森はるか監督の「息の跡」(93分、2016年)も、いつかどこかで見る機会があるといいのだが。
異郷の中の故郷
http://www.kamakura-kawakita.org/film-post/6144/?instance_id=5770
いさなとり
http://www.kamakura-kawakita.org/film-post/6145/?instance_id=5772
記憶の中のシベリア
http://www.kamakura-kawakita.org/film-post/6143/?instance_id=5767
息の跡
http://www.kamakura-kawakita.org/film-post/6142/?instance_id=5766
(2枚目写真は、向かって左が久保田桂子監督、右が藤川史人監督)
日本映画の新しいカタチ
鎌倉市川喜多映画記念館
2017年3月24〜26日
9 aprile 2017