いまさらながら・・・「食堂かたつむり」、など。 |
小川糸さんの処女作でベストセラーの同著。うかつにも、イタリアでバンカレッラという賞を受賞していたのを知らずにいた。いやそもそも、このバンカレッラ賞というのも、よく知らなかった。
バンカレッラ(bancarella)は露店という意味。
トスカーナ州マッサ・カッラーラ県にあるポントレーモリ(Pontremoli)というエリアの、リグーリア州との州境の山あいの小さな村々にはもともと、本の行商の伝統があった。毎年、その山を越えてポー川流域の平野部へ、そしてイタリア各地へと旅立つ彼らは、春になると一同に会し、さまざまな情報交換を行っていた。
彼らはやがて、イタリア各地の町中で、当初はアーケードの下などで「露店」を構えるようになる。そうして今でも、もともとは皆親戚同士だった彼らの子孫たちが設けた本屋が、イタリア中ところか世界各地に、ある。
1952年の夏、そうした彼らが青空のもとに集まって彼らによる文学賞を作った。翌年の第1回バンカレッラ賞はなんと、ヘミングウェイの「老人と海」。イタリア内外の区別なく、前年に最も売れた、評判のよかった本を彼らが投票し受賞作が決定する。イタリアの数ある文学賞の中でも、本屋の投票による賞は唯一無二らしい。現在は毎年7月第3日曜日に発表・授賞式が行われる。
「食堂かたつむり」が受賞したのは、バンカレッラ賞の料理部門賞。これは、2006年に創設された新しい賞で、優れた料理関連の本を選出するのだが、料理に関するエッセイ、小説のほかレシピ本なども対象となる。
「食堂かたつむり」イタリア語版のタイトルは、”Il ristorante dell’amore ritrovato”、直訳すると「取り戻された愛の食堂」。・・・うーむ・・・そのまま “Il ristorante chiocciola” というわけにはいかなかったのか・・・表紙のデザインもねっとりしてるし・・・まあ、イタリアの小説の表紙はたいていこんな感じか・・・。イタリア語版は2010年に発行され、翌2011年にバンカレッラ料理部門賞を受賞した。
その2011年に、ベルリンに2カ月暮らしてみたりした前後の日記ふうエッセイを集めた「こんな夜には」にちょうど、その受賞の速報というか、連絡を受けたときの喜びも残されている。
さて、「食堂かたつむり」。失意のどん底から「わたし」すなわち倫子が、やむなく郷里の実家に戻り食堂を開く。お客様は1日1組で予約のみ、メニューは事前に面接をして決める・・・そんな理想の食堂で倫子は、さまざまな事情を抱えたお客さんたちの要求に、得意な料理で応える。
ある一定の職業の主人公が、その腕で次々と謎や問題を解決していく、そんなスタイルの小説が近年の日本では流行しているようだけど、イタリアでも興味をひいたのだとするとおもしろい。もっとも、心をつくした「料理」が人にとって大切な意味をなすことは、いくつかの映画の例を出すまでもなく、すでに鉄板のテーマであるけれど。
同書序盤では、「わたし」すなわち倫子が祖母から受け継いだ「ぬか床」がお話のキーポイントになっている。「ぬか」のないイタリアで、イタリア語ではどう訳されているのか、とても気になる。
14 ago 2017