「失われた手稿符 ヴィヴァルディをめぐる物語」、サルデッリ・著 |
ヴェネツィアに生まれ、司祭として孤児院の音楽教師を務めながら、作曲家として名を馳せるも、世のはやりすたりの波はつれなく。一時はさんざんもてはやされた彼の音楽も、あっという間に流行遅れとなり、見向きもされなくなる。再起をはかり訪れたウィーンで病死したアントニオ・ヴィヴァルディが残したのは、多額の負債だった。
ヴェネツィアの未婚の妹たちと弟フランチェスコの元に債務者や公証人が押し寄せる。だが、状況を予期していたフランチェスコは、すんでのところで兄の大切な遺産をこっそりと逃すことに成功したのだった。
それはたくさんの手稿譜。協奏曲、合唱曲にオペラ、と、ヴィヴァルディが書き続けて、発表する機会のなかった音楽たち。しかし、あやうく散逸を逃れた譜面も、アントニオ・ヴィヴァルディという名とともにすっかりと忘れ去られてしまう。
古書や手稿、過去の知の記録が、ときに巨大な経済的な価値を生むかと思うと、単なる場所ふさぎの迷惑な代物になることもあるのは、現代に限らず、数百年前でも同じらしい。それでも、ごく一部の愛好家と資産家と、偶然と強運に恵まれたおかげで、ヴィヴァルディの音楽は、それまでの多くの不幸にもかかわらず、現代の我々にその美しい響きを伝えられることとなった。
「事実は小説より奇なり」という言葉以上に、この小説にふさわしい表現はないだろう。あまりにも数奇な運命をたどったヴィヴァルディの手稿の物語は、そのほとんどが史実に基づいているという。著者のフェデリーコ・マリア・サルデッリは自身、音楽家であり、ヴィヴァルディ研究の第一人者として知られる。とはいえ、堅苦しい研究書などでは全くない。緻密で極めてよく練り上げられたセンスのよいミステリー小説、音楽好きならばもちろん、そうでなくても楽しめる。翻訳もさすが鉄板のお2人、読みやすく魅力的ですばらしい。
失われた手稿符 ヴィヴァルディをめぐる物語
フェデリーコ・マリア・サルデッリ
関口英子、栗原俊秀 訳
L’affare Vivaldi, Federico Maria Sardelli
16 mag 2018