劇場空間、ヴェネツィアのスーパー |
私がヴェネツィアにきたばかりのころ、「チネマ(Cinema)」と呼ばれていたその建物は、当時、ヴェネツィア中に学部や学科、図書館やその他施設が点在していたヴェネツィア大学の、外国語学部日本語学科の事務局だか研究室だかになっていた。そう大きくはない入り口を入ると、これまた大きくはないけれど、カーブを描いた階段が左右対称にあって、その先に、大学というにはちょっと優美な、だが古ぼけたテラスが張り出していたのを覚えている。
その名の示す通り、一度は映画館だったこともあるこの建物は、1915年、ジョヴァンニ・サルディの設計で建てられた。サン・マルコ大聖堂の隣に建つ、ヴェネツィアを代表する建築物パラッツォ・ドゥカーレ(総督館)風のネオ・ゴシック様式だが、同時に、ヴェネツィアにおける、最初の鉄筋コンクリートによる建物のうちの1つでもある。
劇場から映画館、大学施設と役目を変えてきた「チネマ・テアトロ・イタリア」だが、2016年末に、スーパーマーケットへと変身を遂げた。入り口はそのまま。ただし、目の前にどーんと積み上げられたレモンやオレンジの向こうの天井に、大きなフレスコ画が見えるのはやはりかなり不思議だ。
これは、ヴェネツィアの画家アレッサンドロ・ポーミによる「イタリアの栄光」。一方、壁面は複数の画家による、アールヌーヴォー様式の絵が残る。一番奥の精肉コーナーは、劇場らしいだまし絵に囲まれていて、シュールな、まさに劇場空間を作り出している。
文化遺産のスーパー化についてはもちろん、反対や非難の声も相当多かったらしい。だが、すべてが文化遺産のこの街で、どこもかしこもそのまんま保存していくのは残念ながら不可能だ。5ツ星ホテルに生まれ変わって大切に使われるのもいいけれど、住民には縁遠い場所になってしまうよりは、こうして毎日のように通って使って、目にすることのできるのもいいように思う。何度もお役目を変えて、そうして生き延びてきたのもまた、この「チネマ」の歴史の一つなのだから。
(歴史的記述に関しては、こちらのサイトを参考にしました。
https://www.venetoinside.com/it/aneddoti-e-curiosita/post/il-teatro-italia-a-cannaregio/)
Despar (ex Cinema Teatro Italia)
Cannaregio, 1939 Venezia
10 gen 2019