憧れのゴッホを超えて、「板上に咲く」原田マハ |

もう何年も前になるが、ある目的のためヴェネツィアで秋田犬を探していたことがある。犬を自分で飼っていない私は、どうしたもんだか悩みつつ街の中をウロウロしていたときに凛々しい芝犬に出会った。名前を聞くと、「Shiko」だと言う。シコ?・・・相撲?・・・日本風だけど日本の名前じゃないのかな?と尋ね直したところ、飼い主である若いイタリア人の女性は、正真正銘、絶対日本の名前だと言う。「日本の芸術家の名前よ。」芸術家?シコ?・・・え?・・・ん?・・・あ!もしや、棟方志功???「それってもしかして、少し前の、版画家の?」「そうそう!そうよ!」
日本犬には、イタリアでは日本風の名前をつけるのが(少なくとも当時は)流行っているらしかったが、まさか画家の名前、それも棟方志功と言われ、かなり驚いたのを覚えている。確かに棟方は、1954年にヴェネツィア・ビエンナーレで、柿落としとなった日本館に参加し、「版画部門最高賞」を受賞している。それを直接知る世代でこそないものの、おそらく彼女のように、ちょっと日本に興味があって、美術などについて見聞きしていれば、必ずや登場する名前なのだろう。一度見れば忘れられない画風から、もしかしたらどこかで作品を見たことがあったのかもしれない。由緒正しき日本犬に、相応しい誇り高き名前と思われたらしい。
過去から現在に至る古今東西の美術界、中でも、誰もが知る大物の美術家を小説の形に落とし込み、新たな命を与え、肉付けし、自由に動く魅力的な人物として見せる原田マハさんが、今度は、棟方志功をその物語の中心に据えた。「世界のムナカタ」は確かに、マハさんのお眼鏡に叶うに不足はない。
青森の貧しい家庭に生まれ育ち、義務教育もそこそこに家計を助けるために働いていた志功少年の唯一の楽しみであり希望は、「絵を描くこと」だった。独学で絵を描き続け、やがて「絵」で身を立てることを夢見るようになる。
逆境に負けず、真面目で真っ直ぐで、一旦決めたらとことん突き詰め、変わり者だけれど明るくて何よりも人がよくて、いつの間にか周囲の人々を巻き込んでいる。そして、この志功の人生は、後に妻となるチヤとの出会いがなければ、きっと全く違うものになっていたことだろう。若かりし頃の出会い、長女を身ごもっての別居生活、経済的困窮とそれに負けぬ情熱と不屈の努力。そして運と偶然の重なりに翻弄されつつ、やがて知る人ぞ知る「世界のムナカタ」へ。それが、妻チヤの目を通して語られるからか、もしくは時代のためだろうか、そしてこれまでの作品とは異なるテンポやリズムのためだろうか、するすると読み進めながら、まるで映像を見ているよう、そう、まさにNHKの朝ドラを楽しむような、心地よい錯覚に囚われた。
イタリアでは犬の名前になってしまっていたが、ご本人は「小熊ちゃん」のようだったのに、ちょっと笑ってしまった。そして、マハさんの小説でいつもあることだけど、今回もまた、一刻も早く「世界のムナカタ」を、「二菩薩釈迦十大弟子」を見に行かなくちゃ、という気にさせられた。そのうち機会があるかしら・・・。
板上に咲く
原田マハ
幻冬舎
#原田マハ #板上に咲く #棟方志功 #読書 #読書感想文 #美術 #ヴェネツィアビエンナーレ
18 dic 2024


