終わりと始まり |

まだまだバタバタのさなかの先月中旬、馴染みの小さなバールに「今週いっぱいで閉店します」と貼り紙がしてあるのに気がつきました。いわゆる間口一間ほどの、小さなお店で、その幅に対し奥に向かってカウンターがあって、お客さんは立ち飲み、立ち食いがギリギリ。申し訳程度に、お店の外の歩道にテーブルと椅子が出ていたけれど、ほとんどのお客さんは、朝、さっと寄って、カウンターでカフェを飲んで、甘いクロワッサンを食べて、さっと出ていく。イタリアの典型的な「バール(bar)」です。
ルイージさんが奥で、サンドイッチをせっせと用意しながら、次々と入ってくるお客さんのカフェの注文に答え、マシンでカフェをいれる。一方、カウンターとレジを切り盛りするのは、奥さんのマウリツィアさん。入ってくる常連さんたちに、明るく大きな声で名前をよんでは挨拶をして、おしゃべりしつつ、手や動きには一切無駄がない。イタリアの朝の、気持ちの良い時間です。私も、2回めか3回めかにはすっかり好みなども把握されて、黙っていてもさっとカフェが出てくるくらいになっていました。
通勤途中にあって、毎日のように通っていた時もあったのですが、この数カ月は仕事に追われて全く余裕がなく、朝も起きるがギリギリだったり急いでいたりで、そういえばちょっとご無沙汰してしまっていました。朝早くからあいているバールは、夕方には閉まってしまうことが多いので、元々、帰りに寄ることはほとんどなく、シャッターが下りているのがごく当たり前でした。
6月のある日の帰り道、道路の反対側を歩いていて、ふと気づくと、そのいつものお店に、大きな貼り紙が出ていたのです。貼り紙の字が、十分に広い二車線の道路の反対側からもはっきりと読めるくらい大きな字だったのに目をひかれて、はっとしました。そしてよく見ると、半開きのシャッターの前に、いつものルイージさんがいて、お客さんらしき人と話しているのが見えたので、私もそちら側へ渡って、挨拶することにしました。
開口一番、「大変親切な大家さんが、契約を更新してくれなくてね」。このお店で22年やってきたこと。今月末で契約が切れるにあたり、大家さんが延長を認めてくれなかったこと。イタリアの店舗は、6+6という契約が一般的で、つまり実質12年の契約になること。自分は今59歳であり、大家さんは、自分が71歳までは続けないだろう、その間に権利を第三者、特に外国人に譲渡してしてしまうことを忌避したいらしい、とのこと。
「もう、いいんだ。毎朝早朝に起きて、準備をして、店を開けて。」どんなに小さなお店でも、自分で経営するのは責任も苦労も大きい。来月からは、よその大きなバールで雇われで働くの出そう。「もう行くともも決まってるんだ。シフトの時間に出勤して、時間がきたら帰ればいい。気楽なもんさ」。ともかく、次の職が決まっているという言葉に少し安堵しつつ、「でも、残念だわ、寂しくなる···ごめんなさい、最近私も来てなかったけど」。「そうそう、最近見かけないねって妻と噂してたよ。」「す、すみません···」。
「こんな時、ローマで何と言うか知ってる?」「何でしょう?」「教皇が亡くなっても、生活は続いて行く、って。」
···なるほどそれは、今のローマにまさにピッタリの言葉でした。人々に人気のあった教皇フランシスコが亡くなって、新しい教皇が選ばれて、あれよあれよという間に、新しい教皇の下に人々が集まってくる。
朝、通勤途中にルイージさんのカフェを味わうことはできなくなってしまったけれど、そのうち、出かけた先でふと入ったバールで、ルイージさんに出会えたりするのではないかな、と密かに期待している。
14 lug 2025


