フランスの美しい夏 |

8月の最初の週にお休みをいただいて、パリに飛びました。一つめの目的は、「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」と呼ばれる15世紀の豪華写本が、修復の機会に特別公開されているというシャンティイ城、もう一つは、いつか見たいと思っていた「バイユーのタピスリー」を見に行くこと。そして、パリ近郊に住む友人夫妻に、どこかで会いたいと連絡したところ、なんと、その両方にご一緒にいただけることになったのです。
そうして、バイユーには、ノルマンディー地方の入り口あたりにある友人宅から、車で向かいました。途中で立ち寄ったサービスエリアで、何より驚いたのは「D-day」コーナー。「D-day」、すなわち、あの、第二次世界大戦で、当時ナチス・ドイツに占領されていたフランスの解放へ向け、連合軍が果たした「ノルマンディー上陸作戦」です。米、英、カナダ、そしてフランスの国旗の下に、「D-day」と書かれたグッズが、所狭しと並べられていました。Tシャツやキャップなど身につけるものはもちろん、クッキーやキャンディーなど、それはまさに、ちょっとしたテーマパーク並みの品揃えでした。
バイユーの街は、地図で見ると、海に面していません。それで、土地勘の悪く歴史にも疎い私は行ってみるまで全く気がつかなかったのですが、ノルマンディーの中でも特にバイユーのあたりは、1944年6月6日に実施された「ノルマンディー上陸作戦」の地の、すぐ近くだったのです。

美しい街並みと、ユネスコ世界記憶遺産にも指定されている「タピスリー」で有名な観光地なのだとばかり思っていたら、むしろバイユーは、「D-day」めぐりの拠点というのが一般的なのかもしれません。単に歴史好きだけではなく、おそらく、親族や友人知人がこの地で犠牲になった、あるいは戦いに加わっていた、という方の訪問もあるでしょう。バイユーの街の中ではとりわけ、地元フランスの方はもちろんですが、英語の観光客をたくさん見かけました。ツーリスト・インフォメーションにも、「D-day」関連地を詳しく紹介する地図もありましたが、公共交通機関でたどりつけるところは少なく、おそらく、車か、あるいはツアーバスで周るのでしょう。

折しもその日は8月6日、アメリカにより広島に原爆が落とされてから、ちょうど80年を迎えた日でした。
日本人で、イタリアにいると、忘れていることがあります。あの80年前の戦争は、イタリアとドイツ以外のヨーロッパにとっては、「勝利」の記念であるということです。さらに、ドイツの事情は詳しくは知りませんが、日独伊同盟の中で早々に白旗を上げたイタリアは、その後、南北に分断したり、ドイツに攻め込まれたりと複雑な経緯をたどっており、日本のような「終戦記念日」はありません。現在のイタリアで、先の大戦の記念日と言えば4月25日の「解放記念日」で、これはナチス・ファシストからの解放を記念するもので、したがって、敗戦というよりは、一種の勝利記念日ということになります。
イタリアにいると、毎年4月25日を、何となく、そうか、やや不思議な思いで過ごしていますが、同時に、イギリスやフランスでは毎年、それぞれ時期は異なりますが、大戦の勝利の記念日を祝っているのを、ニュースなどで見て、はっとしたりしていました。
この「D-day」も、甚大な犠牲者を出しつつも、やはり「勝利」記念であるのは間違いありません。例年、ニュース映像で知る限り、犠牲者に哀悼を捧げつつも、どちらかというと華やかで誇らしげに見える行事に見えました。
ところが、そんな「勝利記念」という位置付けは、そろそろやめようじゃないか、という議論がフランス内でもある、と友人に教えられ、何か少し、ほっとするような気がしました。確かに戦争があったこと、兵士も市民も、多くの犠牲者のあったことは、それぞれの国、土地で記憶に確かに刻み、もう二度とそうしたことのないように誓う、それでよいのではないかと思います。
それにしても、フランスはどこもきれいでした。猛暑のローマに比べると、全体に気温が10度くらい低く、最高気温は30度にいかないくらいで、涼しく、過ごしやすい夏を堪能しました。行く先々で、街も建物もお料理も何もかも美しく、そして、いずれも観光名所でありながら、パリの一部の美術館を除けば、あとはオーバーツーリズムというほどではない、程よい賑わいだったのも幸いでした。

8月6日の広島の日も、9日の長崎の日も、旅先で、フランスのニュースで記念式典の様子を知りました。そしてまた、まだなお、世界のあちこちで、信じがたい戦争が続いていることも。
こうして自由に旅をして、好きなようにしていられるのも、自分の国と、滞在先が少なくとも平和であるからこそです。忘れてはいけない、と深く思いました。
日本の、終戦から80年の記念日に。
15 ago 2025
東京はまた猛暑が戻っております。どうかご自愛ください。


